さあ、私の入院体験記もついに佳境に! おそらく会社で健康保険に入っていたら、入院する場合も、それを使って私立病院を利用することがほとんどかと思います。たまたま今回、病状があまりに特殊だったので、公立病院の中でも特に大規模なプリンスオブウェールズ病院を体験することになりました。
医療レベルの高さにはひたすら感心し、それを駆使して格安でしっかり治療してもらえる公立病院のメリットは数え切れないものの、いろいろと乗り越えないとならないこともあります。そして最大の難関なのではないかというのが、食べ物問題でした。
これが噂の病院粥・・・・・・
さてさて。食事です!! 入院することが決まったときから、香港の友人には、とにかく「食事が本当にマズいから、家族に差し入れしてもらうといいよ」など、アドバイスをたっぷりいただいていました。香港人も、家族やお手伝いさんに毎日広東スープや食事を持って来てもらうものなのだとか。
そして実際に体験すると、噂に違わず・・・・・強烈でした。
これがその噂の病院粥。私はお粥大好きで、薄味好みだし、日頃は白粥だって大好きなのです。でもこれは、普通のお粥から魂を抜き取ったような味(笑)というか、豚肉を使っているらしいのですが、普通に味わえる味覚も食感もなく、まるでヤマトのりをお湯で溶いたんじゃないかというような・・・・・・形容しがたい一品なのです。とにかく街中のお粥屋さんで食べるお粥とは、まったく異なるものです。
とはいえ、検査入院の日に初めて食べたときは、まだ珍しさが手伝って、何とか完食できました。これが問題になってきたのは手術の後。
大手術の後って、自分では体をまったく動かせず、とにかく30本ぐらい体にチューブをつながれていて、基本的に何から何までチューブ頼みの状態で、徐々に体力を回復していくわけです。自分が手術するまで知らなかったこととして、全身麻酔をすると肺の機能が衰えていろいろと悪影響があり、重篤な合併症になる恐れがあるそうで、肺活量をはかるチューブと、酸素補給のチューブをずっとつながれていました。
そして食事の代わりに点滴で栄養補給をして、尿もチューブから。これはこれで、余計な心配はしないで、体を休めることに集中できます。
もちろん、変にこれに慣れてしまっては寝たきりのままですから、少しずつ、体が通常に戻るように促されます。普通の食事を取れるようになると回復が一気に早まると言われたもの、「点滴はつけたままだけど、ライスウォーター(米のとぎ汁のようなもの)食べてみる?」と言われ、一口二口飲んでみていました。その後はお粥になったものの、ひたすら同じお粥が出てくるので、もうすでに匂いを嗅ぐだけで辛くなってきました。
ある朝は、家から持ってきてもらった、ノリたまのふりかけをどっさりかけて、何とか掻き込んで完食。すると明らかに体力が少し戻った実感がありました。
じゃあ、もう一回頑張ろうと夜も同じことをしようとしたけど、もうノリたまのマジックは効かず、1/3杯ぐらいがやっと。
これじゃだめだ、と横を見ると、香港人のオバチャンの患者さんが、もの凄い勢いで同じ味のないお粥を掻き込んでいる! すごい生命力。長寿ナンバーワンの底力を感じさせられた瞬間でした。
「クスクス? フムス?」でドクター目が点事件
そうこうしているうちに血糖値がやたらに下がり始めて体調が悪化。酸素補給もいらなくなって、トイレにも自分で歩いて行けるようになった今、ドクターから「とにかく後は食事。そろそろ食事をちゃんと取り始めないと、回復が遅れるわよ。食欲がないの?」と諭されました。
「いえ、食欲はあるんです。でも・・・・・・」(不味くて食べられないとはちょっと言いづらいな、と思っていたら)
「もしかして、ここの食事が不味すぎて食べられないの?」
(うんうん)と激しく頷く私。
「そうよね、分かるわー(ってドクター、あっさり認める、笑、なら何とかして!というのは置いといて)。家族に家から食べ物を持ってきてもらってもいいのよ」
希望の光が灯って来て、一応聞きました。
「あの、家から持ってきてもらうのに、何かメニューに制約はありますか?」
「ないわよ」
「え、ほんとに? 何でもいいんですか」
「何でも好きなもの、あなたが食べられるものを持ってきてもらいなさい」とドクターとの対話を終了。
やったー!!何でもいいんだー!お粥攻撃で日頃は大好物のお米の匂いが辛くなってしまったから、米じゃない穀物が食べたい! そうだ、家でよく食べるクスクスはどうだろう?
我が家で定番のメニューに、クスクスに、串焼きのチキンと野菜、チェリートマトにフムスとオリーブオイルというのがありまして。これなら夫が得意だから用意して持ってきてもらえる♪ とウキウキ、メッセージを送りました。
そしてその日の夜! 夫と息子達と一緒に、久しぶりに食べる美味しい食べ物! 思いっきり、がっついてしまったのです。
そうしたら、夜、寝る頃にちょっと気持ち悪くなるではないですか(笑)。今思えば、手術からまだ3日後ぐらいで、手術日からずっと断食していたのに、突然そんなもの食べたら良くないに決まっていますが、その時は全然頭が回らず「食べさえすれば元気が出ると思ったのに、気分が悪くなってしまった」とションボリしてました。
翌朝、ドクターが来て「気分はどう? 昨日はちゃんと食べた?」
私「食べたんですけど・・・・・・なんだか気分が悪くなってしまって(しゅーん)」
ドクター「あら? 昨日は何を食べたの?」
私「クスクスでしょ(ドクター「ええ?」)、フムスでしょ(ドクター「はあ??」、オリーブオイルにトマトに(ドクター、完全に目が点)・・・・・・」
ドクター「な、な、なに???」
私「だって何でも好きなものでいいって言うから」
ドクター「それ、お粥じゃなくて普通のご飯でいい、ぐらいの意味だったんだけど」
「えええー? そうだったんだ!」と心底びっくり。我ながら、我が家で普通のメニューがいかに一般的ではないかに、やっと気が付いたのです。
そしてドクターも、どうも私の胃袋は尋常でなく、ひと味違う食生活を送っていて、実は食欲が旺盛であることに気が付いてくれました。
「お粥じゃなくて普通食にする? 卵サンドと牛乳とか食べる?」
うんうんうんうんうん、と激しく頷く私。
しかし翌日、あんなに何もかも情報の伝達が素晴らしいのに、食事だけは例外なんです。なぜか卵サンドじゃなくてお粥が届いて、絶望のあまり涙目に(笑)。それでも最初はお粥を食べようとしたものの、すでに限界に達していて、もう匂いだけでうっと来る。これはやっぱり主張しなくっちゃ、と看護婦さんに、「昨日、先生が卵サンド、くれるって言ってたんですけどー!!」と訴えました。
ええー?変ねえ、お粥って書いてあるわよ、でもまあ、見てくるわー、と探しに行ってくれて、10分後くらいに
「卵サンドあったわー!!!」
どこかに忘れ去られていた、小さなサンドイッチを持ってきてくれました。
たぶん今食べたら何てことも無い、そっけない卵サンドなのですが、こんな美味しいサンドイッチ食べたことがない、号泣状態でした。どれだけハードルが低くなっていたんでしょうか? 長いこと水しか飲んでいなかったら、生まれて初めて水の味に飽きて、脱脂粉乳みたいな牛乳がまた素晴らしく美味しく感じました!
だんだん看護婦さんたちも、私は結構胃が強いらしいと分かってくれて、「お粥じゃなくてマカロニにする?」
「するするするする!!!」
それでやって来たのがこれ! 退院した日の朝ご飯だったかな。
正直、今まで香港の朝ご飯で、お粥は好きだけどマカロニって~???って思っていたのに、私の中で、お粥よりマカロニの地位が一気に爆上げした瞬間でした(笑)。ガツガツ、食べる、食べる・・・・・・。
そしておやつについていたマリービスケット・・・・・・。こんなに美味しいものだったっけ?(笑)とにかくお粥以外の味に飢えていたので、たまらなく美味しく感じるんですよー。
その後、すっかりマリービスケット中毒になってしまい、家に帰ってから、ココアとマリービスケットというコンビがお気に入りに♪
居心地を良くし過ぎない英国流の病院食?
今回の入院体験で、特にこの、美味しくしようという気が全くない病院食の感じに既視感がありました。そう、私は3人の子どもを英国で出産していまして、その時には安産だったこともあり、毎回出産当日1泊しては翌日に退院していました。
もちろん産後の肥立ちが良いというのに加えて、英国ではとにかく早く退院させて、家に帰ったら自宅に助産婦さんが毎日来ていろいろとケアしたり、アドバイスしてくれるという仕組みがあるのも前提ではあります。
その際に、「さあ、早く帰りなさい」と促されることはあまりなく、どちらかというと「こんななら、早く家に帰りたい」と強烈に思わされるんです。
産後からひとときたりとも赤ちゃんが手元から離れない=誰も見ていてくれないので、シャワーを浴びるのでさえ、「浴びている間に赤ちゃんを誰かに連れ去られでもしたらどうしよう」と気が気でなかったり、というのもありました。
しかし一番のモチベーションは、何だか訳の分からないほど不味くて栄養のかけらもなさそうな食事でした。これがまた、同じ病院の普通の食堂では、そこそこ美味しいものがあるんです。だから、美味しく作る能力がないわけじゃない。わざと不味くしているんです。
お金をたっぷり払う私立病院の患者ならまだしも、英国では出産に関して完全無料(日頃の検診まですべて無料でした)、香港の公立病院も、これだけのケアをしてもらって、手術から薬から全部ひっくるめて、私が払った金額は2万円未満!!!
「最低限必要な入院期間はきっちり診るけど、そこそこ良くなったら家に帰ってベッドを空けてね、もっと治療が必要な人を入れたいから」
そういうメッセージをわざわざ口にしなくても、患者が自然にそうしたいと思わせる最大の手段が、不味い食事なのではないでしょうか!! ちなみに今回入院した病院の食堂は普通ですから、そこで出す程度の食事を作ることはやっぱり本来可能なわけです。ドクターも病院食の不味さは分かっているけど、特に問題視していませんし。
確かに私自身も「あー家に帰りたい!」という強烈な気持ちがあったからこそ、リハビリも頑張れたわけですし。
そんな公立病院の医療の仕組みは、英国領時代に確立されたためか、英国ととても共通していると感じました(ついでに言えば、香港の方が、技術が高くてしっかりしています)。
食事がやたら美味しい日本の病院の写真など見ると、目眩がしてきます。あれなら産後1週間とか入院していられるだろうなあ。
なぜか英国での出産にまで思いを馳せつつ(笑)、そろそろ「香港ときどき公立病院」も最終回でしょうか。気が向いたらもっと書きますね♪